ランチタイムの後、先日去勢手術で使った部屋のモミガラを交換しようと思いたち、新しいモミガラを貰いに行った。ところが「ない!」、からっぽ。そう言えば、昨年の今頃も枯渇したのを思い出した。例の米騒動の煽りで、今年もすべて籾摺りしてしまったのだと言う。モミガラは、籾摺りによって玄米を精製するときに出てくるものだから、もうないわけである。異常気象のせいではあるが、昨年の反省をまったく活かしていない己の学習能力のなさがことさら恨めしい。今年もこうなるとはなあ。次の籾摺りは新米が出てからの11月かなあ、ということだった。2ヶ月以上の空白はまずい。毎年酷くなっていく気候や農業生産人口の減少などを考えると、モミガラがいつでも手に入る時代ではなくなったと覚悟すべきだろう。米どころ秋田で、まさかモミガラ探しに奔走するとは思いもしなかった。厭な時代になったものだが、モミガラ探しの旅に出ねばなるまい。
いや、「旅」などとロマンチックなことを言っている場合ではない。牧場に戻って、術部屋の床を綺麗にする。干し草の屑などもひとつひとつを拾い、今あるモミガラ床をしばらく使っていけるようにした。モミガラの奴、あっという間に貴重品になったものだ。
部屋掃除が終わってから、配合飼料を引き取りに行った。取り寄せている銘柄のものだ。忙しい日だったが、とまれ、これで通常の体制に戻った。ひと安心。
この間、「馴致」に関するコメントをしたが、自然哺乳を礼賛し、人工哺乳を疑問視するようにとらえられる内容になってしまった。誤解のないよう補足したい。
人工哺乳には、ミルク目的としてもメリットが多く、子ヤギの馴致を含めて、これからの近代的な飼養の中核になるべきものと実は思っている。
私の場合は自然哺乳なので、搾乳は子ヤギが里子に出てから本格的に行うが、人工哺乳であれば、親子を分離した時点で搾乳が開始される。自然哺乳よりは場合によって3ヶ月も早くなり、生産性の観点から非常に大きい。人工哺乳は親ヤギから搾ったミルクを与える方法と人工乳を使う方法とがある。後者なら親ヤギから搾ったものはまるまる人のために利用できる。これも生産性の観点から非常に大きい。つまり、人工哺乳は馴致のためではなく、ミルクを確実に長く利用したいという人の知恵から発展したやり方と言える。馴致はその副産物なのである。
この副産物だって魅力だ。やはり、人懐っこいヤギは扱い易い。馴致の訓練も要らなくなる。この牧場に遊びに来る方も、里親さんもさぞかし喜ぶだろう。
所謂発展途上国のヤギたちも人工哺乳で育てられることが多い。生活のために生産性を上げたいからである。また、自然哺乳している飼養者でも人工哺乳の経験は大なり小なりある筈だ。親ヤギのお乳が少なかったり、子ヤギが怪我などでその子だけお乳にありつけないことがあって、その措置として人工哺乳を施すときがあるからだ。
人工哺乳に必要なのは親子を分離して飼養する物理的な環境(人工哺乳を主として行う場合)と人工哺乳のための時間、技術、用具である。
私の牧場を含めて日本で人工哺乳が飼養の中心にならないのは、個人の小規模飼養がほとんどであるからだと思う。人工哺乳に伴う親子分離飼養のための環境は、子ヤギを育てる数ヶ月間、牧場をふたつ持つのに等しく、金銭的、時間的に難しい。お金をかけて楽になるどころか、負荷が増えてしまうことがネックである。
私の場合、既に毎日4時間を超える労働をヤギのために費やしており、人工哺乳や分離した牧場の管理に、更に世話時間がふえることは受容できそうにない。飼養のレベルを落とせば、そういう時間がつくれるのだろうが、人工哺乳のために衛生などのレベルを悪化させるのは本末転倒だろう。
人工哺乳は魅力的だけど、やっぱりできないかなあ。なにか手はないのかなあ。これが本音です。
今日のヤギ時間:トータル5時間30分
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